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(壮瞥町)今井 亮輔 さん

大好きな「食」がテーマ 子どもが胸を張って帰ってこれる町をつくりたい

今井さん

都会の人が都会の価値観のまま地方に移住すると、価値観のギャップに悩み、うまく馴染めない。そんな話をよく聞きます。壮瞥町で地域おこし協力隊として働く今井亮輔さんは、東京生まれで元大手通信会社勤務。けれど、地域にうまく馴染んで活動し、任期1年目には町に自らの拠点を構えました。曰く、「都会暮らしのデトックス中です」。その道のりを尋ねてみました。

 

東京生まれ、横浜育ちのサラリーマン、人生を見つめ直す

今井さん

壮瞥町に辿り着くまで、東京で会社員として順風満帆なキャリアを築いていた今井さん。日々仕事に邁進し、休みの日は疲れを癒す。そんな、仕事と暮らしにしっかり線を引いた生活でした。ところが2020年頃から在宅勤務になり、その線はゆるやかにつながるようになりました。通勤時間もなくなり、忙しい毎日ではどうしても持てなかった「これからを考える時間」がやってきました。「そうすると、定年退職した後の自分の姿がイメージできなかったんですよね」。一度きりしかない人生、やっぱり自己実現がしたい。何に対してだったら、自分は熱くなれるのか。自らのルーツを遡っていきました。

 

地方の強みと弱みを知った大学時代の原体験

今井さん

グルメな両親の元で育ち、食べることが大好きだった今井さん。学生のときまちづくりのフィールドワークで鹿児島県の大口市(現伊佐市)へ滞在し、衝撃を受けました。そこは、東京にはない豊かな食材にあふれていたのです。生産地でなければ食べられない、「とれたて」にありつける。それは食が大好きな今井さんにとって何より地方の強みに感じられました。けれど人口減少や高齢化など、地方ならではの課題もたくさん見えました。その頃発展しつつあったITを手段にまちづくりをしようと、通信会社への入社を決めたのです。それから15年近くが経ち、気づけば技術を必要とする人たちとふれあう機会はなくなっていました。「もう一度自分の手を動かして、まちづくりをやっていきたい」。

 

まちづくりのテーマは、大好きな「食」

今井さん

夫婦ともども「食」が大好きな今井家。妻の真希さんは北海道の大学でチーズを研究し、卒業後はチーズの商社に入社。育休を経て神奈川県川崎市内にチーズの店を開くほどでした。そんな二人だから、地方でやりたいことは自ずと浮かんできました。その地域の食の豊かさを発信し、まちづくりをする。そこで地域おこし協力隊という制度を利用するビジョンが見えてきました。食関係で知り合った友人夫婦と一緒に、二家族で移住先を探すことに。

 

自分だけの人生、自分勝手に生きていきたい

今井さん

とはいえ大企業の社員というキャリアを、そんなにも簡単に手放せるものでしょうか。今井さんはきっぱりと言います。「たしかに、子どもが二人いて稼ぎも悪くなく、自分は長男。考えなければならないことはたくさんありました。だけど、自分の人生は自分だけのものなんですよね。結局、自分勝手なんです(笑)」。我慢して生活のために働くのか、何かを手放してでもやりたいことをしてイキイキと働くのか。子どもに見せたい背中は決まっていました。

 

洞爺湖の景色に一目惚れ。募集を見つけて壮瞥町へ

今井さん

夫婦にとって田舎に求める最優先事項が「食」ならば、候補に挙がるのはもちろん北海道。道内の移住候補地を巡ってみると、洞爺湖の景色に一際惹かれました。冬、湖畔の凍てつく木々の向こうで、夕日に染められた湖面がゆらぐ。そんな景色を見ながらおいしい食事を楽しめたら…。洞爺湖に接している町は、洞爺湖町と壮瞥町ですが、良い意味で手付かずで、チャレンジできそうな余地を感じる壮瞥町に魅力を感じました。ちょうど壮瞥町で移住コンシェルジュという地域おこし協力隊の募集があったことから、壮瞥町を選びました。

 

2021年11月、きっぱりとキャリアを捨てて壮瞥町へとやってきた今井さん。会計年度任用職員という形で移住コンシェルジュの仕事に取り組みつつ、妻が大好きなチーズと、かねてより趣味で知識を深めていたワイン、そしてコーヒーの店を開くための場所探しを始めました。

 

空回りし、苦労を味わって、地方のやり方を知る

今井さん

さっそく地域のキーパーソンたちとつながっていく中で、今井さんはなくてはならない人との出会いを果たします。地元の建設会社の代表を務める加藤靖将さんです。やりたいことがあって、環境も整った。息を巻く今井さんを諭すように加藤さんは教えてくれました。「田舎は、もっとゆっくりやらないといけないんだよ」。ゴールを設定し、それに向かって逆算してスケジュールを組む。前職の仕事と同じ感覚でやろうとしていた今井さんには、加藤さんの言葉がまったく理解できませんでした。けれど思うように場所探しが進まない状況の中で、身を持って分かっていくことになります。内側に熱い気持ちを秘めながらも、それを前に出さずじっくり向き合っていく。ここでは、逆算ではなくゆっくり積み上げていくことが必要でした。その感覚が分かってきた頃、加藤さんの協力により、理想とする現在の場所に出会うことができました。

 

町の人と、観光客と、移住希望者が交わる場所

今井さん

2022年8月、「道の駅そうべつ情報館 i 」の目の前にワインとチーズとコーヒーの店「ヨツカド商店」をオープン。廊下を挟んだ隣には、町のコミュニティスペースであり、イベントや移住相談などを行っている「地域のあそびば ミナミナ」も併設されています。観光客と地元の人、壮瞥町への移住を検討する人がうまく混ざり合う場所です。拠点ができたことで、「食の豊かさを伝える活動」も少しずつ実施。生産場所から消費者が口に運ぶところまでにかかわる様々な人の想いの共有をテーマに、畑で食を楽しむ企画をしたり、東京のシェフに滞在してもらい地域の食材を使ってイベント限定のレストランを開いたりと活動の幅を広げています。

 

今井さんが嬉々として教えてくれました。「ヨツカド商店とミナミナの開店前には、町民たちの一部の方が『地域おこし協力隊の協力隊』と言い出してくれて、開店前の清掃を手伝ってくれたんですよ!」。そんな今井さんが人付き合いにおいて一番大切にしていることは、地元の人の話を聞くこと。「やっぱり、地元の人は僕らにはない目線を持っている。そこに町の良さの真実がある気がするんですよね」。自分たちが来る前から、この町での暮らしを続けてきた人たちがいる。彼らの何気ない目線から見える良さを、都会人である自分たちが翻訳し、都会の人に伝える。それがきっと“地域おこし”ということではないかと今井さんは語ります。自分の話ではなく、相手の話を聞くこと。そこに、今井さんがこれほどまでに地域に信頼されている理由がある気がしました。

 

叶えたい夢があるなら、挑戦する価値がある

今井さん

これからの夢は、ヨツカド商店でできる体験をもっと特別なものにすること。ワインやチーズなどを小売販売するだけでなく、それらをおいしく味わえるレストランや宿をつくるなど、イメージはどんどん広がります。活動費を得てそこに向かう道をならしながら、日々の暮らしも安定させることができる。そういう意味でも、地域おこし協力隊の制度は有用だと語ります。「自分が考える豊かさや、やりたいことができる環境が地域にあるなら、挑戦する価値はあると思います」。

 

ゴールは、子どもたちが帰ってきたい町にすること

今井さん

ヨツカド商店を進化させる夢の先に目指しているゴールは、壮瞥町を子どもたちがいつか帰ってきたいと思える町にすること。高校は農業高校しかないため、いくら子育て世代を呼び込んでも、成長過程で子どもが町外へ出てしまう壮瞥町。やがて大人になったとき、戻りたいと思える記憶を作ってあげること、そしてそのとき彼らが胸を張って帰れる町をつくっておくことが、今井さんの今の目標です。

 

洞爺湖の景色に一目惚れしてたどり着いた果実の町、壮瞥町。今いる場所から湖は見えませんが、それでも「とにかくここが気に入っちゃいました」と今井さん。種を落とし芽を出したのは、有珠山を背にした、窓から果樹が見える場所。壮瞥町の真ん中で今井さんがどんな夢を実らせるのか、これからも楽しみです。